ギマールとアールヌーヴォー、そして・・(3/3)
19世紀終わりから20世紀始めにかけての建築の大変化は、それまで溜まっていた
歴史の回転モーメントが一気に開放された大転換、一つのカタストロフィでした。
その時には確かにそう動く必然があっての事だったと思うのですが、今になってみれば、
構成主義一辺倒では淋しい気がします。
人間は機械とだけ暮らせば幸せなのではないし、自然の持つ柔らかさを表す
には構成主義でない方がいいと思います。
安らぎがあって気持ちを預けられるような建築風景を作るには、
構成主義より適した表現方法があるのではないでしょうか。
アールヌーヴォーは多分にロマン主義的でした。
アールヌーヴォーは「自然」にそのアイデアの源泉を持っており、
過去から断絶した機械時代を表すものではありませんでした。
しかし、アールヌーヴォーが持っていた有機的な柔らかい線の魅力は今も衰えません。
こんな意匠が私達の身近にもあったら面白いのに・・、と思うのは私だけではないと思います。
さて、建築におけるアールヌーヴォーを中心にお話してきましたが、
19世紀ヨーロッパの建築意匠には、古典と現代の狭間にあって面白いものが他にもあります。
ちょっと唐突で申し訳ありませんが、パリ旧国立図書館の閲覧室を最後にお目にかけます。
これはH・ラブルーストという建築家の1860年代の作で、
古典的ヴォールトを参照しながらも、当時の最新技術つまり鉄で出来ています。
出来た当初は鉄が見苦しいと言って、暫くしたら折衷的だという理由で、この作品は批判されてきました。
でも、今になってみれば面白い感じがすると思いませんか。
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